コンサートツアーオーラス、仙台公演から帰れなくなったオタクの話


好きなアイドルのコンサートを見に行った仙台のホテルで、ほぼ一文無しになった。


大学を卒業したけれど、未来は全く見えていなかった。就職活動に失敗したからだった。それでも現実逃避として、好きなアイドルのコンサートへ行くことはやめられなかった。アイドルを見に行って、アイドルを好きな友達と会って、その日しかないパフォーマンスを見て充足した気持ちになるのが、当時の私の生きがいだった。

オーラスの仙台公演が終わったあと、駅付近のビジネスホテルにチェックインしたとき、宿泊代の支払いに使おうと思っていたクレジットカードが使えなかった。当時迷走に迷走をきわめ、「金銭管理とは?」というほど正気をうしなってアイドルを追いかけており、当月の限度額いっぱいまでカードを切ってしまっていたことに気付いていなかった。当然、銀行口座にも引き出せるお金はない。

冷や汗をかきながら現金で宿泊代を払うと、財布の中に残ったのは百数十円だった。

ホテルの小さなベッドに座り込んで、私は呆然とした。なぜこんな思いをしてアイドルを追いかけているんだろう。なぜ自分のことをもっと真剣に考えられないんだろう。このままアイドルを追いかけ続けて、常にカツカツで死にそうで、それで本当にいいんだろうか。

……いやそれよりも、私はどうやって、京都にある自分のアパートまで帰るの?

気付いたら、泣きながら親しい友達に電話をしていた。どうしよう、帰れないと慌てる私に、友達は翌朝一番でお金を送金し、貸してくれた。銀行口座への振込だと反映に時間がかかるが、郵便局の「電信払込み」を利用すると、口座がなくても、遠方から即時に現金を受け取れる。完全にパニックになっており、そのことを調べてくれたのも友達だった。どこまでもふがいない。

「あこがれの街に住みたい、こんな田舎で一生生きるなんて嫌だ」と京都の大学に進学した18歳の私には、やりたいことは一つもなかった。やりたいことも、自分がやれることもわからない。けれど、その頃の私には「それを探すために大学へ来たんです」という大義名分があった。4年の間にそれを見つけて、社会へ出ようと思います、と、色んな人に言っていたような気がする。

私は「やりたいことをやって生きるべき」という呪いにかかっていた。「好きなことを仕事にして生きなさい」と言われ続けて育った。生活のために働くのではなく、やりがいのために働きなさいと。私を進学させるためにストレスでボロボロになりながら働き続ける母を見ていると、それは本当にそうなんだろうと思えた。

その頃、コンサートへ行くと必ず泣いていた。キラキラしたステージを双眼鏡で覗いている間、冷たい現実が背中に張りついていた。夢が終わってしまうのが怖かった。そして仙台で空っ欠になってしまったとき、私はただただ「終わったんだな」と感じた。モラトリアムが終わったんだと。私の本当の人生が始まってしまうのだと。

夢のような4年間が終わって、私にはやりたいことも、やれることも、何もなかった。やりたいことをやらなくちゃ、と決意してみても、そんなものはどこにも見当たらない。武装できるものは何もなく、裸で往来に放り出されたような気がした。

貸してもらったお金で電車に乗り、飛行機に乗り、何とかアパートへと帰りついた。仙台空港へ向かう間も、飛行機の発着ロビーでも、関空からアパートへ向かう間も、ずっと泣いていた。人目を気にすることもできずに、ただ自分の愚かさに泣いていた。

 

そのあとは、ものすごい勢いで時間が過ぎた。

 友達の助けで京都へ帰ることができた私は、すぐに実家へ戻ることを決めた。1人でいることが怖かった。精神的に不安定になっていることが自分でもわかっていたので、とにかく実家へ戻って心を安定させたかった。家賃を払って一人暮らしを続ける意味も、もうないだろうと感じていた。あんなに好きだったアイドルのことを見れなくなった。DVDもCDもすべて処分して部屋を引き払った。「こんなものを見てる場合じゃない」と、自分に言い聞かせた。

仕事は運よく見つかった。小さな職場の小さな窓口。
前任者が突然退職したと知人から聞き、すぐに面接を受けてとんとん拍子で採用が決まった。「やりたいこと」も、「やれること」も、何も考えず、とにかく働けるならどこでもよかった。働けることにホッとした。健康保険証をもらったとき、制服の支給があったとき、一枚目の給与明細をもらったとき、いちいち、何度もホッとした。

 仕事はそれほど忙しくなかった。というより、退屈さが苦痛だと感じることさえあった。時間はゆっくり流れて、7時40分に出勤して17時に退勤する。そのリズムが崩れることはほとんどなかった。

窓口に訪れるお客さまの95%がお年寄り。アルバイトで習った丁寧な接客は、聞き取ってもらえなかった。「何を言っとるかわからん」と言われ、泣く泣く、強めの方言でざっくばらんに対応すると、やっとこちらの言っていることが通じた。

朝問い合わせに応えたおばあちゃんが、昼また同じ問い合わせをしに窓口へ来る。同じことを説明して、紙に書いて渡す。

もう二度と見返さないであろう書類を分類してファイルに綴る。データの保存で済むじゃないかというような書類を、何枚も何枚も分類して綴る。

おそらく、効率的に働けてはいないだろうと思う。見る人が見れば、なんでそんなことをいちいち、ちまちまやっているの?と言われてしまいそうな気がする。細々としたローカルルールの多い職場で、忙しくないが故に、それをチェックする機会が多い。

 「やりがい」と言われると、なかなか思い浮かばない。それでも、就職してもうすぐ2年が経つ。

 

毎日同じことを繰り返す生活の中で、自分の内面がどんどん波で削られ、浸食され、色んなことに気付いた。

気付きのうちの一つが、私の呪いを解いてくれた。「やりたいこと」や「やれること」は、わからなくてもよかった。

やりたいことがあったとしても、それを本当にやるには、自分の力だけではどうにもならない。「自分はこれがやれる」と自信を持っていても、それは相手があってのことでしかない。私は「自分がどう働くか」「自分のどんな力を活かして働くか」ということに一生懸命になりすぎていた。「人とどう働くか」「人の力にどう合わせるか」ということには、全くもって鈍感だった。

特にやりたいわけでもない、自分が得意だとも思わない仕事が、同僚と一緒だと楽しく感じることがあった。苦手だと思っていたことが、上司のアドバイスのおかげですんなりこなせた日があった。「芦屋さんはこれが得意だね」と言われると、自分では全くそう思わなくても、自分に価値を見出すことができた。

自分のやりたいことがわからなくても、自分のやれることがわからなくても、「この人とならこうやって働きたい」ということならわかった。自分の目の前にいる人が、私のことを映し出してくれる。

働き始めてすぐの頃は、あんなにバカにしていた地元で働いていることが受け入れられず、倉庫でこっそり泣いたこともあった。こんなの本当の私じゃない、と、自己嫌悪で夜眠れないこともあった。

それでも、何もない私に寄り添ってくれるのは、毎日の単調な仕事だった。職場の人たちだった。勤続一か月、三か月、半年、一年。少しずつ長くなっていく月日が、私のひねくれた劣等感やプライドを洗い流してくれた。

私は働けている。田舎の小さな窓口に毎日座って、誰にでもできる仕事だけれど、他の誰でもない、私がこなしている。こんなところでは生きていけないと思っていた場所で、私は生きているうえに働いている。学生のころは思いもしなかった未来を生きている。

初めて出たボーナスで、久しぶりにアイドルのコンサートへ行った。ペンライトを振って、双眼鏡をのぞき込んだ。以前と変わらず、キラキラした世界がそこにあった。もう大丈夫だと思えた。「好き」に振り回されるのではなく、適切に「好き」へ向かって行けると思えた。

 

仙台のホテルでうずくまっていた私は、確かに「死にたい」と思っていた。助けを求めた友達との電話で、本当に口に出したかもしれない。好きなものを追いかけすぎて追い詰められるなんて本末転倒すぎる。あんな思いは二度としたくない。

 

けれど、私の人生は、やっぱりあの仙台の夜からはじまったんだろうと思う。

 
あの夜、友達との電話を切って、涙で腫れた目で、よろめきながらシャワーを浴びた。BABYMETALの特番が流れる液晶テレビ。くしゃくしゃになったオーラス公演の半券。靴擦れのあと。

何も忘れられない。これからも忘れたくない。

 

人間活動

内示が出て、4月から働く部署が変わることになった。結構ごっそり人事異動があったなか、ひとつが私の異動だった。

人員配置が乱れて、いつも通りの業務ができなくなりそうなので、今日の午後「4月からどうするか会議」が開かれた。春は学校行事も立て込むので、お子さんがいる先輩や上司がいたりいなかったりする。この日は誰がいない、この日は誰がいるけど業務の兼ね合いが……と、カレンダーを見ながら全員で頭をひねった。

異動までたっぷり日があるわけでもないので、祝日明けから後輩の女の子に業務を引継ぎして、マニュアルも彼女に譲り渡すことにした。机の片付けや書類の破棄・整理もしないと!と考えると、落ち着かなくてハラハラした。

すぐ上の、色々と面倒を見てくれた(今も見てくれている)先輩が、「ほんとにヤなんだけど」と言った。「いなくなるの、ほんとにヤなんだけど」。
やっと覚えた仕事から離れるのはさみしかったし、くやしかった。でも、先輩が、そう言ってくれたことが、私の2年間へのご褒美のような気がした。仕事でいい成績を残すことも、人に喜んでもらうのも嬉しいけれど、私はそばにいる人に、こういう風に言ってもらえたら、それだけで大丈夫だと感じた。先輩がどういう意図でそれを言っていたかはわからないし、もしかしたら「頭数が減ると仕事増えてほんとにヤなんだけど……」という意味かもしれないけれど。
でも、自分という人間を認めてもらえた気がした。すごくそういう感じがした。嬉しかった。

結局は人間なのかなとおもう。私が一生懸命人間をやっていたら、何かつらくても、ちゃんとした岸にたどり着けると思う。それを教わった。仕事よりも。

4月からも一生懸命人間をやっていきたいと思う。

すぐ泣く人(アマデウスを観に行ったときの話)

久留米まで舞台を観に行った。平日ど真ん中の有給休暇を取得して、4時に起きてバスに飛び乗った。

千秋楽、スタンディングオベーション、高揚感、全部揃っていて、ああ泣いちゃうんじゃない?と思ったら、やっぱり泣いていた。舞台の上の人も私も。隣のお姉さんが嗚咽していたので、少し冷静になったけれども。

チャンスは何度もなくて、「はいどうぞ」と前触れなく与えられたたった1度のチャンスに、僕の答えはこうです、と、自分の答えを返さなければならない。多分それは、誰しもが同じなんじゃないかと思う。「やりますか?」と言われて「やります」もしくは「やりません」と返す、そのイエスかノーかの選択を、何度も繰り返して人は歳をとっていく。

自分がイエスともノーとも言えなくて、時間切れでどちらも選べなくなってしまった過去を思い出していた。ふがいない自分が客席に置き去りにされて、思考だけが劇場の天井にある、異国風の照明に絡みついているような気がした。

私の好きな芸能人が、この舞台に、出ます、と、イエスの選択肢を時間内に選んでくれてよかったなと思った。今まで積み重ねて来た選択を、ひとつずつ正解にする過程を、まだ見ていたいなと思った。これがファンになるということかと、今更ながら思った。

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コスメなんて大嫌い(いえ大好き)

財政を圧迫するので、化粧品を買う頻度が少なくなりました。

週5日は仕事に行ってるし、週末も基本的に気合を入れて化粧をするようなシチュエーションがないので、最近は化粧品も本当に顔に塗る、洗って落とす、寝る、また塗る、また落として寝る……みたいな。いや他の人もそうだと思うんですけど、「化粧を楽しむ」という余裕がない。毎朝15分で済ませるし、とりあえず今は顔の肉を落とすことに専念しなくてはな……という気持ちですが、最近自分の顔に塗っている化粧品について記事を書こうと思います。化粧品のことは好きなのすごく……。


●ベース

≪下地≫
  • エレガンス パンプリフティングベース UV PK110

顔色がよく見える。
とりあえずこれとチークを塗っておけば顔色最悪でも何とかなるような気がする。つやつやすぎず脂をとりすぎずで私は好きです。ファンデーションよりたっぷりめに塗っています。

≪ファンデーション≫
  • エレガンス フィルミック スキン IV302

私が使ってるフィルミックスキンはもう生産終了してて、今はフィルミックスキンEXっていう商品になってるみたいです(上に貼ったのはEXの方)。
1回分が小豆粒大くらいでよくて、ぜんぜんなくならない。買い替えたいのになくならない。
そんなにカバー力がすごいとかいうわけではないと思うんですが、キレイにつく。
私はベースはエレガンスが好きで、毎回泣きながら財布を開いています。高いよ~……。

≪コンシーラー≫
  • ヴィセ リシェ パーフェクトコンシーラー 01,02

01番も02番も両方持ってて、目の下は明るい色、肌荒れとか鼻横とかは暗い色を使っています。これはそんなにこだわりはないんですが、普通に固めのコンシーラーとして、綿棒にグリッと取って肌荒れにちょいちょいと盛り付けるというやり方もできる。

≪パウダー≫
  • エレガンス ラ プードル オートニュアンス Ⅵ

マジ最悪の娘なんですが、お母さんのをパクった上にぶち割ったのでそのまま使っています。お母さんごめんね。
ポーチよく落とすとか、コンパクトよく落とす人はこれやめといた方がいいかもしれないです。粉々になった。
確かにほんのちょっとだけを伸ばすとすごく肌がサラッふわっとして見える。
でも粉々すぎて使いづらいので、朝だけこれを付けて、日中は↓のキャンメイクを使っています。

安くてありがたい。職場ではこれを使ってササッとお直ししています。
プードルに比べたら粉がどばっと付く感じかなと思うんですが、近くで見ないとわからない……と思う。



●チーク

≪パウダーチーク≫

アディクションの方はリップの色が何でも自然に血色よく見えるので最高。
クリニークの方は、金で買える透明感、みたいなのでよくTwitterで見かけた気がします。リップが青っぽいピンクのときはこれにするときもある。
とにかくアディクションの36番が好きで、これも全然減らない……。すごく上品な細かいラメが入ってるんですよ~かわいい。



●眉

≪アイブロウ≫
  • ファシオ パワフルステイアイブロウ ペンシル BR300

眉がかなりしっかりあるので基本的にしっかりは描かないんですが、左右差があるので上下にちょっとずつ足すのに使っています。
後ろにスパイラルブラシがあるのがむちゃくちゃ便利で、眉毛とかすのって大事なんだなって思いました。ちゃんとして見える。

≪眉マスカラ≫

色たくさんあるから、髪色変わっても大丈夫で有り難いです。色んな人のポーチに入ってるやつ。



●アイメイク

≪アイシャドウ≫
  • アディクション ザ アイシャドウ 021,092
  • エレガンス クルーズ ファインカラー N36

アイシャドウはちょこちょこあるんですが、何にも考えてないときはよくこれを付けます。
上まぶたにアディクションの021を付けて、上目尻と下目尻をエレガンスで「く」の字に囲むかんじ。
下まぶたは、涙袋の影をファシオのアイブロウで描いて、綿棒でぼかして、そのへんの適当な明るいアイシャドウでぷっくり見せたあと、アディクションの092でキラキラさせてます。下まぶたにキラキラがあるだけで、仕事中元気になれるときがあるんですよ。キラキラってすごいな。

≪アイライナー≫
  • ケイト スーパーシャープライナー EX 20th BR-2

ドラッグストアで買ったら、偶然20周年の限定のやつでした。
リキッドのアイライナーがすぐカスカスになるので、使い方が悪いのかな~と思っていましたが、これは全然カスカスしなくてとてもよいです。
細書きで狙ったところにスーッと引けるので、朝バタバタしてても失敗しないです。手ブレが少ない気がする。
今ふと思ったんですけど、岡本圭人くんのファンのみなさんは、やっぱり意識してケイトを使ったりするのかな……。

≪マスカラ下地≫

資生堂のビューラーでまつげ上げたあとに使っています。まつげが上がってるか上がってないかで、結構顔の印象が変わるんだなって気づきました。重いまつげなんですが夕方落ちてないのですごい。

≪マスカラ≫
  • オペラ マイラッシュ アドバンスト 01 漆黒

ブラシが細くて塗りやすい。最近のマスカラみんなブラシ細いけど。泣くと落ちるけど普通に生活しているぶんには、私はにじみません。



●リップメイク

≪リップクリーム≫

仕事中ポケットに入れておくと、体温でいい具合にゆるくなって、ぐりぐり塗らなくても保湿できる。
皮むけがだいぶよくなりました。ただなんか独特の匂いがする……私の保存方法が悪いのか……一応第3類医薬品なので、そのせいかなと思うようにしています。

≪口紅≫
  • SUQQU モイスチャー リッチリップスティック 09 輝赤

赤は赤なんですけど、ポンポン控えめにつけると、すごい自然に、唇がめっちゃきれいな人みたいになる。大好きです。
しっかり付けたらよそ行き風にもなるんですけど、私は直に軽く付けてカジュアルな感じにするのが好きです。
ルビーみたいな深い色で、めちゃくちゃもっちりした付け心地。スックのリップ他にも欲しくなりました。

  • トニーモリー リップトーン ゲットイットティント

お友達からのプレゼントで、ミニサイズの3色がトリオになったのを使っています。
韓国っぽいパキッとした赤とか、果汁感のあるピンクがかわいくてありがたく使っています。顔がおしゃれになる気がする。
なんか味がおいしい。




以上です。そろそろ下地がなくなるので、またエレガンスの下地にするかどうか迷いつつYahoo!ショッピングを見ています。
化粧がめんどくさいなぁお金もかかるなぁとはいいつつ、自分のヤバイ寝起きの顔が、少しずつイキイキしていくのは見ていて楽しいです。明日も朝起きて、ジャニーズ見ながら化粧して一日がんばろうと思います!ウィークデイウォーズ!

プリンシパルの君へ

華やかなステージで、誰かに求められて、あなたの番ですよとスポットライトが差す。コンサートや舞台を観に行けばよくあるシチュエーションだけれど、自分が今そのステージに乗ったところで、かっこよくお辞儀はできないなと強く思う。ライトが差して、それが自分に向かって差したライトであることを疑わずに、その光を浴びて見たかったと思う。両手を広げて、自信をもって光を浴びてみたかったと思う。

非現実なステージを見たあと、心地いい疲労感と満足感の中、「私は?」と思うのだった。このあこがれを、このドキドキを、私はどう処理したらいいんだろう?好きだと叫ぶだけでなく、かっこいいなと憧れるだけでなく、もっと有効に回していきたいと思ってしまう。

いつも主役には手を挙げられなかった。幼稚園のお遊戯会も、赤ずきんちゃん役には立候補できなかった。赤ずきんちゃんを森へ案内するきのこ役を任された私は、きのこの帽子をかぶって、一生懸命右左に揺れていた。

大きな波に流されるように大人になって、心は脇役に慣れた子供のまま、いきなり主役として人生をあゆみはじめる。さあ、好きなように描いてみなさい、この人生の主役は君なんだから、と言われて、私は途方に暮れる。主役なんて一度もやったことがない。台詞のある役も、スポットライトを浴びる役も、今まで練習したことすらない。それでも時間はどんどん過ぎる。あわてて駆け出す。転んで痛くて、大人だから泣かずに頑張る。私が主役のこの物語を、誰が面白がってくれるんだろうかと疑問になる。何幕まであるのか、全何回のドラマなのか、共演者は誰なのか、客席も視聴者も見えない、何もわからない。愛するものを探して駆け回る、「最愛を探す旅」。

「君は主役」という言葉にハッとする。自分なんか、自分なんてと言いながら、それでも主役は一人しかいない。私しかいない。ぎこちないお辞儀でも、ライトに怯えながらも、キャストロールの一番最初には、私の名前がある。

肩を強く押されて、また次のシナリオを追っていく。肩を押してくれる、笑顔の素敵な男の子にも、きっと同じような葛藤がある。それでも彼はかっこよく背筋を伸ばしてライトを浴び、両手をいっぱいに広げて風を切る。世界中の「主役」のために、自分に与えられた物語の主役をつとめている。

ジャニーズWEST LIVE TOUR 2018 Westival 

小瀧くんが主だって構成したコンサートとのことだったので、楽しみにしていました。小瀧くんは「ファンの子はこれが好きやな~」と、割と精度高くファンの「これ好き!」を把握しているなと思っていたので。福岡公演に半遠征。

私がいいなと思ったのは、序盤「Parade!!」「プリンシパルの君へ」「SHE IS MY…」の一連で、こういうプレーンなエンタテインメントらしさみたいなのって、そういえば今まであまりなかったなと新鮮でした。「ギラギラ」じゃなくて「キラキラ」。金銀錦じゃなくてクリアのスワロフスキーみたいな。ジャニーズWESTはみんな体格がよいので、シンプルなシャツとパンツの衣装が似合う。私は角度的に照史君のお尻ばかり見ていました……かわいかった。みんな男らしい衣装を着るとオラオラして見えるのに、なぜこういうかわいらしい、ディズニーランドのキャストさんみたいな衣装も似合うんだろう。不思議。
今回「プリンシパルの君へ」は、セットリスト上すごく大きな役割を担っていたような気がします。新境地だ!と思って。衣装も相まって、遊園地、テーマパークっぽさが出ていてキュンとしました。今まではデビューの余波でゴリゴリグイグイ押してきていたジャニーズWESTが、自分たちを鼓舞しながら頑張ってきていたジャニーズWESTが、神様からもらえたご褒美のような曲だなと思いました。小さいころ、ピアノの発表会の後にもらえたオルゴールのような。卒業式に好きな人からもらったピンクのスイートピーのような。ストリングスとピアノが豪華。小瀧くんのファンはきっと泣いちゃう。隣の小瀧くんのうちわを持っていた女の子が泣いていて、泣いちゃうよね……と共感しかなかった。小瀧くんが主演する映画のタイアップで、小瀧くんのカラーがないとこの曲は完成しないだろうし、また演出のシャボン玉が泣かせるんですよね……。あのシャボン玉、普通のシャボン玉じゃなくて、スモークを焚きながら作ったシャボン玉なのかな?踊ってるメンバーにふれて弾けると、中からぽわんとスモークが出てきて魔法みたい。あの曲だけでちょっとおなかいっぱいになるくらい多幸感。

あとは後半の「Evoke」→「Baby Good!!!」の流れは、私の好きなジャニーズWESTでした。ジャニーズWESTはなんか、そこまでしなくていいよ!!ってくらい全力で花道駆け抜けていくし、コンサート中のゲームもケガするんじゃないかってくらい本気だし、そこまで恥ずかしいことしなくていいよ!!ってくらい笑いに貪欲で心臓強いし、そういうギリギリ感が「Evoke」に集約されてたなって思います。鬼軍曹こと神山くんが作った鬼のように難しい曲にのせた、鬼のようにしんどそうな振付を双眼鏡で見つめながら、今度は私が泣いちゃいそうでした。何でそんなに頑張るの?って言ったら、ただただかっこいいところを見せたいからだし、新しい自分たちを見せたいからで。それを見つめられるのが幸福でした。本当に一回でも息を吐いたら次の振りについていけなくなりそうな振付で、なんか難しいというか、とにかく限界まで行くぞという気概が見られて、これぞ神山イズム……と思いました。自分たちに容赦がない。そういうところが好き。
そのあとの「Baby Good!!!」、みんな息切れしてるだろうに頑張って歌ってて偉いね……もう褒めるしかない……。私はアルバム「Westival」の中でこの曲が一番好きです。ちょっと古臭くてなつかしい感じの曲調で、ギリギリ綱渡りかっこいい「Evoke」のあとに聞くと、「盛り上がる装置としてのジャニーズWEST」というワードが頭に浮かぶ。ジャニーズWESTは自分たちの「盛り上げ装置」としての役割を、ものすごくまっとうしていると思います。お客さんが気持ちよく手を挙げて楽しめる、気持ちを持ち上げて笑顔にする、普段騒がない人がニコニコ騒ぐためのスイッチになる、そういう気持ちを感じてときめきました。仕事をしているなって思います。仕事をしているジャニーズWESTを見るのがすごく好きです。

あとは「プリンシパルの君へ」「ドラゴンドッグ」リリースに向けたワクワクがものすご~く高まるコンサートでしたね!これだけ味の違うガムを一緒の箱で売っちゃうジャニーズWEST超お買い得だし大好き。みんな買っちゃえばいいのに。私もすごく楽しみです。

今はまだ確認させてよ

コンサートに行って、好きなアイドルをステージの上に見つけて、双眼鏡をのぞき込むとき、いつも「生きてる」って思ってしまう。生放送のテレビ番組やラジオ番組にあんなに出演してるんだから、人知を超えた性能のAIとかでない限り生きているのなんて当たり前のことなんだけど、でも「生きてる」って思って、次の瞬間その事実がバスーッと胸に刺さってきてしびれる。生きている姿を見て、あっ生きてたんだ、私が生きてるって思いこんでただけじゃなかったんだ、よかった、と安心する。なんか、アイドルが歌ったり踊ったりするのを見にコンサートへ行くっていうより、アイドルが生きていることを確認するためにコンサートへ行っている気がする。

「きっと頑張って生きているんだろうな」と思える人が、私の好きなアイドルだ。歌ったり踊ったり、びっくりするようなロケへ行ったり、全然趣味じゃないっぽく見える女装をしたり、カメラの前でにっこり笑ったりしている。それが彼の仕事だ。彼は仕事を頑張っていて、たまには胸糞悪くなる日もあるだろうけど、私が見る彼はいつ何時もきっかり正しい。私はその正しさに日々打ちのめされ、自分が与えられた仕事をまたギュッと抱きしめる。彼が正しく生きているところを見ると、諦めそうになっていた何かを逃すまいと必死になれる。生きている姿に救われている。

学生時代、仲の良かった女の子がいた。卒業式、人ごみの中で私と彼女は分断され、また会おうね、またね、と手を振って、それきり一度も会っていない。彼女は新卒で就職した会社を辞め、転職したらしい。共通の知人から、そうらしいよ、という、うすぼんやりした情報を聞いた。彼女の地元が災害の被害に遭ったとき、私はふと「大丈夫?」とメッセージを送った。返事は一か月後に来た。「この間は、連絡をくれてありがとう。最近どう?」。私はそれに返事を返さなかった。返せなかったの間違いかもしれない。何を話せばいいのかわからなかった。ただ心配だった。息災に生きていてほしいと思った。ケガをしていなければいいと思った。その気持ちだけで送ったメッセージだったから、自分の近況などどう話せばいいのかわからなかった。仕事は大変だけど元気だよ?私は元気だけど、○○ちゃんは転職したの?全部間違いな気がした。本当に、元気でいてくれたことがわかっただけで十分だった。

アイドルの彼や、仲の良かった女の子が、この世界に生きていて、同じ時間、同じだけ命を使っていると思うだけで、私はちょっとだけ踏ん張ることができる。ああ、もうやめちゃおっかな、と思うたび、記憶の中の彼が「何があっても頑張るんやで」と格好をつけてくる。もうこれ以上は怖いな、とためらうたび、学生最後の夏、彼女とやった手持ち花火を思い出す。私はそんな風にして、色んな人の色んな記憶に周りを固められて、いや、そんな逃げ方はできない、と我に返る。

私はときどき確認する。コンサートで、双眼鏡をのぞいて確認するし、何回も書き直してヘンにねじれたメールを送って確認する。生きてくれていますか。まだ大事にしていていいですか。彼は汗をこぼしながら、息を切らして踊る。彼女は長い時間を空けたあと、ぽこんとメールの返事をくれる。私はそれを見て安心する。私はひとりで頑張らなくていいんだって思える。いくつかベールを隔てた先に、頑張って生きている人たちがいるなら、私も同じように頑張ればいいんじゃないかと思える。同じ時代で違う何かと戦っている。地球のどこかで。世界のどこかで。

お前キモいんじゃ、自分の人生くらい一人で生きていけや、と言われたら、私はそうすることができるのかな。キモくても、どうしようもなくても、同じ2018年の冬に生きているあなたが、あなたたちが好きで、今は助けられて、それで生きています。