『素敵な彼氏』桐山直也くん役をジャニーズJr.にください(右手を差し出しながら)!

急にときめきを摂取したくなって、川原和音『素敵な彼氏』を一気読みした。

https://www.amazon.co.jp/dp/B01EJ7AK2W/ref=dp-kindle-redirect?_encoding=UTF8&btkr=1

 

本作はめんどくさいことを全部ぶっとばして「素敵な彼氏~~~!!!」となれる最高の語彙力消失本なので、生活に疲れていて幸福な気持ちになりたい人はぜひおすすめです。私も昨晩はクソ安眠できました。ところで、『素敵な彼氏』における「素敵な彼氏さん」は桐山直也くんという青年なのですが……。

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(表紙の黒髪の彼)

自担と苗字が一緒なの地味にヤバイけど、いやでも照史くんと直也くんはキャラ被りゼロみたいな、おいおい妄想の中でも重ねられねぇよ両方向のファンから怒られるかもしれないよという感じ。まぁ照史くんがちょっとシニカルだけど来るもの拒まず去る者追わずで、好きな子にだけわがまま出ちゃって誰にも譲れないみたいなキャラだったら地球が爆発していたかもしれないので、照史くんは今の照史くんが一番いいです。

で、この平成最後の超最高ときめき兵器桐山直也くん、ドラマでやるなら誰?みたいな……読んだら思い浮かべるよね……いろんな顔をね……。実際映像化するとなったらきっと若手俳優さんに御鉢が回りそうですが、私は根っこまでジャニオタなので、遠くの御鉢を引きずり寄せてジャニーズJr.で桐山直也くんやるなら???誰???という、私だけが楽しい記事を書きたいと思います。

 

①高橋恭平くん(なにわ男子)

https://j-island.net/artist/person/id/53

高橋くん、演技仕事来ないかな……テレビ映えすると思うんだけどな……と常々思っている。ちょっと桐山くんにしたら細っこすぎるかなぁ&顔がハッキリしすぎかなぁとも思うんですが、なんとなく全体のけだるい雰囲気がぴったりかなと。合コンで偉そうに「カウントダウンまでにカレシほしいって言ってんのって誰?」って言い放つ恭平ちゃん、想像するだけでゾクゾクするぜ……(1巻参照)。桐山くんは比較的お勉強ができるキャラっぽいのですが、フィクションの世界で理系男子を演じつつ、帯同のメディア露出でおバカっぷりを発揮する恭平ちゃん、まで受信した。DVDの特典映像のオフショットで、小道具の参考書をペラペラめくりながら「当たり前やけど一個もわからん理系やばすぎ」ってけらけら笑ってる恭平ちゃん……LOVEい……。

 

②本髙克樹くん(7 MEN 侍)

https://j-island.net/artist/person/id/36

かなり直球そうな桐山くんなんですが、個人的にメディア化するならこのくらいがっつりした桐山くんもいいかなぁと空想して楽しかった。本髙くん結構アツいイメージがあるのですが(7 MENのパフォーマンス、結構情熱的だよね……)、その熱さを上手に内に秘めて、ヒヤッとした感じのお芝居をしてくれたら最高。個人的にドラマより銀幕映えしそうだなぁと思う。恭平ちゃんは全体的にはっきりして、湿度の低い、わりと今風の顔立ちのイケメンだけれども、本髙くんは目元とか口元がちょっと色っぽくて湿度のある、古風な美青年!って感じなので、どちらも甲乙つけがたい。作中で、他の男子がふざけてて水をかけられたののかちゃん(ヒロインの女の子)に、桐山くんが「あやまろーか?あやまれ」ってジャージかけてあげながら言うシーンがあるんですが(6巻参照)、本髙くんがやると殺しそうにバチギレしてくれそうでいいです。


作間龍斗(HiHi Jets)

https://j-island.net/artist/person/id/27

えっこれはファンの間で桐山くん=作間くんみたいな方程式が出来上がっていてもおかしくないくらい作間くんなのでは!?!?と途中から思っていた大本命。涼し気~な目元とかめっちゃ作間くんじゃないですか?ちょっと作間くんのが可愛い感じかなと思うけど。あとキャラがつかめないところとか、いきなり距離縮めてきそうなところとか。ひょうひょうとしたところもぴったりだね……。

私は少年倶楽部で見る作間くんが、カメラに抜かれてもむやみにニコニコしていないところがすごく好きなのですが、そういうところも「ぽい」なと思います。歯を見せずに唇でニコっとしてる顔が二次元だよね。彼、あまりジャニーズにいなさそうな、スッキリした、花にたとえるならアヤメとかショウブみたいな色男だと思うんですよね……。桐山くんやるときは(私の頭の中で上映するときは)、衣装とかヘアメイクとか肉体改造とかでちょっと硬派な雰囲気をプラスしてもらえると最高の中の最高になる。作間くんが好きな女の子のために息切らしてコートも着ずに走ってるの想像したら(5巻参照)、手から金粉とか出てきそう。


以上、30分クオリティの私だけが楽しい空想でした。目黒くんとかもどう!?って思ったんですけど、ちょっとめめたんは桐山くんにしてはセクシーすぎるかな?深夜帯になっちゃうよ……って思ったので次点です。

 

担当ウォーキングデッド

歴代の担当に一定の傾向はあるのかというのは、定期的に語られるトピックだと思う。「なんか私の担当は、歴代みんなメンカラ赤なんだよね」とか、「参謀ポジの人が担当になることが多いかな」とか、巷ではいろんな話を聞く。

私が一番最初に「担当」という概念に触れたのは、小学生のときだった。母が山下智久くんに激ハマりし、その影響で自分もコンサートへ行ったり掲示板を見たりしていた時期に「どうやら一番好きな人のことを担当というらしい」ということを知った。まあ今は「1番好きな人=担当という式は成り立たないこともある」と思っているけれど、当時はポポロの刺激の強い企画を見るとなかなか眠れなくなるレベルにピュアな小学生だったので、担当という概念が何だか特別なものに思えてときめいたものだった。

母に連れられて、NEWSのコンサートへはよく行っていた。CDも聞き、ドラマやバラエティ番組、歌番組も見ていた。母が激務から帰ってきて、山Pを見ると一日のつらさが和らぐ……と「素顔」のVHSを見ている間、私が見ていたのは錦戸くんだった。母の担当が山下くんであることは自他ともに認める感じだったが、私は心の中で「私の担当は錦戸くん……」とつぶやいていたのだった。

当時の錦戸くんは少年から青年になり、若い色気があり、そしてチャーミングでかわいかった。今はもっとチャーミングでかわいくなっている錦戸くんは本当に素晴らしい。少年倶楽部で「強き心で行け」という曲を歌っていたのだけれど、舞台からせり出した、細い、不思議な形のステージで歌って踊っている錦戸くんが本当に素敵で、あの曲だけ何回も何回も観た。

そのあともしばらくNEWSのコンサートでは錦戸くんの顔うちわを持ち、雑誌のインタビューコーナーでは錦戸くんから最初に読み、クリスマスプレゼントに関ジャニ∞のDVDをもらった。当時父がアンチジャニーズだったため、夜中に母と二人でひっそり鑑賞した。47都道府県を回るツアーでは、山口県周南市文化会館関ジャニ∞が来てくれた。当時You&J会員だった母にチケットを取ってもらい、初めて錦戸くんを至近距離で見た。周南市文化会館が小さすぎて、どこにいても至近距離だろというような距離感だった。生で見た錦戸くんは、かっこいいというよりかわいかった。中学生女子がかわいい……となる成人男性、恐るべし。

それからの私は、中学卒業時くらいから2次元に激烈にハマり、歌番組の代わりにアニメを見るようになり、ラブソングの代わりにアニソンを聞くようになり、どんどんジャニーズから遠ざかって行った。「おおきく振りかぶって」の阿部くんがすごく好きだった。阿部くんの夢小説とか読んでたな……。

その後、大学2年生の頃、二次元にハマったときと同じくらい激烈に中島健人くんにハマった。フジテレビだったかどっかの社屋をバックに、夏に雪が降るみたいなめちゃくちゃな曲をファンタジーな衣装で歌って踊る健人くんを見ていると、脳みそのどっかが焼き切れたようになって、しばらくすると1stコンサートのDVDを買っていた。健人くんのどこに一番ときめいたかというと、ポエミーな言葉を全身に受けたところで、全く消費されきらない彼の存在感である。もう存在自体が詩なので、2次元を愛していたころと同じ熱量で彼を愛でても、なお彼が上回ってくる感じ。サイコーだな……と思った。初めてコンサートへ行ったのは、春の大阪城ホールだったか、友人と外で花見をしてから参加したのだった。もう偶像崇拝の極みという感じで、ひたすらに自分の中の詩的な言葉を掻き立ててくれる中島さんマジありがとうございますという感じで、日ごろ普通に生きていても、電車に乗っていても健人くんのことを考えると脳みそから自分ってこんなにロマンチストだったっけ……と言いたくなるようなポエミーな言葉があふれてきて、それはそれは日常が美しくてたまらなかった。完全にハイだった。好きすぎて好きで好きなだけだった。

健人くんとの楽しい日々を過ごしつつ、他のジャニーズ情報も仕入れるようになっていた。子どもの頃にはなかった、自由に使えるネット環境があり、Twitterアカウントがあった。ファンのアカウントを見てはブログを読んで、またアイドル雑誌を買うようになった。そしてカウコンで、風磨くんときゃっきゃする中島先輩をテレビで見ていたら、突然のお知らせに呆然としてしまった。ジャニーズWEST4のデビュー宣言だった。

それを見たあと、ファンの動きなどを見て「へえ、あぶれちゃった子がいるのか」と知った。雑誌で確認すると、同い年の子がふたり。正直にかわいそうだな、と思った。こんなにかっこいい子がなぜ?と思った。それがジャニーズWESTに興味を持った最初の瞬間だった。

その後、デビュー発表のあとメンバーの直訴により増員⇒それを舞台中に発表するというドラマチックなことが起こり、私は「乗るしかないこのビッグウェーブに…」という感じで、ジャニーズWESTのデビューシングルを全形態購入した。当時は面白そうと思ってチェックしていたが、1stコンサートに参加して「何があってもがんばるんやで」という照史くんの言葉にぽろっと泣いてしまい、大阪城ホールから帰る電車の中で「この人を担当にしよう」と決めた。まさか照史くんに撃ち落とされるとは思っていなかったため、入場する前買ったうちわは小瀧くんのうちわだった。人生何があるかわからない。

と、ここまで担当遍歴を振り返ってきたが、傾向についてはどうだろう。関西人がシティボーイを挟んでいる。キャラ的には健人くんが群を抜いてトンチキ。

色々と考えたが、顔の傾向はわりと一致しているのではないかと思う。全員犬顔。圧倒的犬顔率。私は自分の顔の好みを「眉がしっかりした和顔っぽい人が好き」と解釈していたが、それを端的にいうと「犬顔好き」だったのかもしれない。

顔の好みは一貫しているっぽいが、性格はどうだろう。なんとなく共通しているかなと思うのは、「実はかわいい」というところ。パブリックイメージとはうらはらなかわいさが漏れ出てしまっているタイプが好きらしい。ビビッてちょっと泣いてしまう錦戸くんもカワイイだし、年上男性にきゅるるんとしがちな健人くんもカワイイだし、スヌーピーが好きで一人ごはんが苦手で感動屋な照史くんもカワイイだ。カワイイでしかない。

ただ、犬顔で実はかわいいジャニーズは他にも結構いる。いっぱいいる。その中からなんで彼らが担当になったのかと言われると、やっぱりタイミングと、言葉にできないときめきが大事なんだと思う。自分の中の担当ビンゴが一つずつ空いていってビンゴ!担当!みたいな感じだったわけではなく、毎回ビンゴカード自体を燃やされたような衝撃がある。特に照史くんは顕著だった。コンサート終盤のたった一言で、この人がいい……と涙が出てしまったのだから、もうそういうものなんだと思う。諦めるしかない。抵抗したって仕方がない。そういう気持ちって、自分の思いもよらない方向から銃で撃たれるのって、非日常だ。そういう出会いを、知らず知らずのうちに探しているのかもしれない。一度撃たれてまた起き上がって、また撃ち殺してくれる銃口をさがす。

ただ、今は照史くんに毎日機銃掃射を受けるような日々を送っているため、しばらくウォーキングデッドにはならずに済みそうである。

美しい人生の幸福なシーン

数年前、横浜アリーナの立ち見席でコンサートを見た。

立ち見席は文字通り「立って見る席」で、会場への入り口も指定席の観客とは違う。外に番号順にぞろぞろ並んで、番号ごとに区切って会場内に案内される。私は立ち見席でも一番壁側、ステージからは一番遠い場所に立たされ、ああ今日は何も見えないな……スクリーンを見て雰囲気を味わおう……と、ペンライトと双眼鏡をバッグにしまった。

開演を待つ間、不意に周囲から歓声が上がり始めた。タレントが登場したときの、条件反射で出てしまう黄色い声。隣の女性が真後ろの壁を見上げて双眼鏡をのぞき込んでいた。私も壁に向かって振り向いて、上を見た。

数人の男の子たちが、真上にある指定席に座るところだった。多分7~8人くらいはいただろうか、眼鏡をかけたり、マスクをしたり、それとなく顔を隠すような様子だったので、「ああ、これが"見学"か……」と、そこで気づいた。ジャニーズJr.の男の子たちが、先輩のコンサートを見学しに来ていたのだった。開演前、まだ会場内が明るいときに席に着いたので、周りの観客がそれに気づいた。

私はそっと双眼鏡を取り出して、隣の女性と同じようにのぞき込んだ。細面の男の子の顔がレンズいっぱいに映し出されて、ステージにいないときでも、元が一緒なら、やっぱり粉が飛ぶようにキラキラしているものなんだと実感した。つるんとした顔は、内側からぼんやり光っているように感じた。
私はその男の子の名前を知っていた。森田美勇人くん。雑誌やテレビ番組でよく見かけていた。

ジャニーズ事務所」というひとつの世界は、不思議な世界だなぁと思う。
私たちは憶測であれこれ語ってみるけれど、確かなことは彼らが話さない限りわからない。きっとそうなんだろう、という信じたいお願い事のようなものを胸に、コンサートへ行くしラジオを聞く。雑誌を買うしCDを買う。守られているようで、本当はそうでもないようだ、と感じることもある。お知らせは急だし、急なわりに会える機会は少ない。なぜこの子たちがテレビに出られないんだろう、と、至極まっとうに不思議に思うことがある。インタビューの記事を読んでわかったような気持ちになっても、嘘なんていくらでもつける。この仕事が楽しかったです、もっと頑張りたいです、と語っていた子が、次の季節にはいなくなっていたりする。そのときに私たちは「あのときも、あのときも」と、時間差の答え合わせをして、腑に落ちたような気持ちを味わう。けれど、彼が本当に事務所をやめたかどうかを、私たちが確かめる手立てはない。彼が「辞めました」と言わない限り、私たちはスパンコールがぱらぱら散らばったステージの上に、そのどこかに彼がいないかと、必死に探し続ける。もっとも、今後今回のような「例外」が、一般的になっていく可能性もあるけれど。

去った彼らが、時間や若さや体力を費やして、平等に与えられたわけではないチャンスに手を伸ばして、得たもののすべて。私が知らないことに気づいているファンもいる。そして、ファンの誰もが気づいていないことを、本人はすべて知っている。口にするかしないか、彼が鍵を渡されている。

あの日、壁の下から、壁の上にいる森田くんを見上げた。森田くんは下に少し身を乗り出して、こちらに小さく手を振って会釈した。

私は、それがすべてなのではないかと思ったのだった。美しい男の子が、美しさや強さ、そういうものをひっくるめた個性を認められて、ガラスのドームの中に入る。偽物の、やけにキラキラした銀色の雪が降るドームの中で、彼らは外から向けられる目や、外から振られる手に対して、自分がどうやって向き合っていけばよいのかを模索する。模索し始める。そして、模索し終わる。

笑って手を振る彼が美しかったことしか覚えていない。彼らは美しく生まれて、美しく成長し、美しい人間として、彼らなりの美学を身に着けて、そしてまた違う場所で生きていく。

人生は続いていく。とても好きな言葉だ。見えなくなった場所でも、生き方を変えても、生きている限り人生は続く。夢のようなステージが終わっても、次の日は来る。かなえたくて仕方がなかった夢が終わっても、ちゃんと次の日は来る。映画のように、ドラマのように、そこで終わったりしない。私たちが生身の人間として与えられた仕組みで、一番強いものがそれなんじゃないかと思う。

これからの話をしただろうか。仲間で、何か食べながら話したりできただろうか。私が考えうる一番幸福なシーンが、現実だったなら素敵だ。

恩は返せない

ふと目を覚ましたら、コンビニの駐車場に車を停めて、運転席で寝ていた。エンジンを切っていたので、車内の冷気で目が覚めた。目覚めてしばらく、記憶喪失に陥ったかのような感覚に襲われ、思わず泣きそうになった。なんでここで寝ていたんだっけ?ここはどこのコンビニなんだっけ?店内からの白々した光が冷たかった。とっさに手元にあったスマホを開いて時間を確認して、メールを確認していると、だんだん我にかえってきた。仕事からの帰り道、深夜になってしまい、運転中あまりに眠くなって駐車場で休憩していたのだった。時間としては30分も眠っていないはずなのに、なんだか夜明け前まで眠ってしまったような罪悪感があった。すぐに車を動かして、コンビニの駐車場から出た。早く帰ってベッドで眠るべきだった。化粧も落とさねばならないし、体が冷えていたので、お風呂に入りたかった。

働けど働けど、という感覚がないといったら嘘になるなと思う。そして頼まれると断れない。それは私が良い人だからではなく、断る勇気も技術もないからだ。私がやらなくてもいいことをやったところで、それが評価になるわけでもない。賃金が上がるわけでもない。自分自身がどういう評価基準で評価されているのかもわからない。このままこの暗い国道をまっすぐ走って行って、ヘッドライトは虚空を照らしているだけ。たまにコンビニの駐車場で居眠りして、寒くなってまた走り出す。給油して、また走り出す。走らなければ寒い。走っていればとりあえず死なずに済む。走れていればなんとかなるとみんな言う。私は絶対に眠らないように、車の中では歌を歌う。大きな声で空で歌える曲ばかりを、車のミュージックストッカーに集めている。眠気で呂律が回らなくなる。そしたらまたコンビニの駐車場や、待避所に車を停めて眠る。

やっと家に帰りついて、駐車場から家までの暗い道を走った。寒すぎてじっとしていられない。家の鍵を開けて、誰も起きていない家の中に飛び込んだ。玄関で靴を脱いでいると、起きてきた猫の足音が聞こえる。トットットと近づいてきて、額を私の鞄に押し当てる。腹を触ると、眠っていた猫特有のあたたかさがあった。玄関の外の電灯が点いていることに今更気づいて、母親が私のために点けてから眠ってくれていたことを理解する。風呂が沸いていた。深夜なのに、まだ熱い。父は早々と夕方風呂に入るので、わざわざ追い炊きしてくれたのだと気づく。風呂に使って髪をほどくと、涙が出てきた。

母も父も猫も、私と違う個体なのに、私のことを色々と考えて、私が帰ってきたときに困らないよう、あれこれと気持ちを使ってくれる。感謝というか、自分が他者に思ってもらえることが不思議でたまらない。娘というだけで、友人というだけで、飼い主というだけで、優しくされていいのだろうか。私はそのために何もできていないのに。恩は返せない。でも誰かのために何かをしたいなら、そのために動かねばと思う。ものすごい動力が必要かもしれないけれど、誰かに突き放されるかもしれないけれど、今泣いている自分に説明できるくらいのことはせねばならない。顔がびしょぬれだったので、わざわざ拭いてから化粧を落とした。なんとか生きている。なんとか今日も帰り着いている。

 

2018/10/27 大坂

一泊する予定が、当日の夜に仕事の予定が入ったため、急遽日帰りに。ギリギリまで新幹線を取らなかったのは正解だったのかもしれない。旅行会社に駆け込んで新幹線を取ると、もう大阪直通ののぞみが満席だった。自由席にして座れなかった時の体力消耗を考えて、始発のひかり出発、広島乗り継ぎにした。致し方ない。早起きはなんとかなる。

前日に飲み会でしこたま飲まされたため、父に新山口駅まで送ってもらう。早朝5時。本気で申し訳ないので、行き道でコーヒーとサンドイッチをごちそうした。仕事が終わっていなかったので車の中でパソコンを触っていたら車酔いする。

早めに新山口駅に着いたので、待合室でテレビを見る。確か、風疹か何かの特集をやっていた。朝イチのひかりで広島駅まで移動し、広島駅のホームで20分ほど待機、そこからのぞみに乗り換えで大阪へ向かった。何かイベントがあるのか、車内はわりと込み合っていた。隣に座っていた女の子二人が、USJのハロウィンイベントに参加するらしく、ミニオンのコスプレをしていてかわいかった。途中まで同じ行先だと思っていてごめんよ。

新大阪駅着、そのまま地下鉄御堂筋線に乗り換えてなんば駅へ向かう。完全に松竹座へ行く道順だったので、比較的よく松竹座へ通っていた数年前が懐かしくなった。歩きなれた道だったので、迷いもせず助かった。「喫茶アメリカン」で友人と待ち合わせだったので、松竹座の前を通って、金龍ラーメンの看板を右折、アーケードに入ってすぐのところにお店はあった。私が一番最初に到着、それから友人二人がやってきた。

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モーニングセットのホットケーキを食べる。私が写真を撮るとあんまりおいしそうに見えないが、ツルツル系ではなく、なんていうかスポンジ系のホットケーキで、シロップがよく染みておいしかった。

茶店を出て、心斎橋の「もじパラ」へ向かった。黒うちわと文字シールを買う。ハロウィンだし、なんとなくかわいいかなと思い、文字の横に小さな悪魔の羽根を二つ付けようと思い、それも買った。もじパラ、ただ文字のシールが整然と並んでいるだけなのに、なぜあんなにテンションが上がるんだろうか。なんとなく、京都にあった「からふね屋」に行くとテンションが上がる感じと似ている。カラフルな文字シールがたくさん並んでいるもじパラと、カラフルなパフェがたくさん並んでいるからふね屋。

そろそろ開場時間が迫っていたので、もじパラから歩いて梅田芸術劇場へ向かった。道中あれこれくだらない話をする。茶屋町に来たのは久しぶりな感じがした。学生時代、テレビ局の職場見学に連れて行ってもらったとき以来。あのギュッとなっている感じが好きだ。

既に開場していたので、入場して写真を買う。場内の赤じゅうたんが気に入った。座席に座って、とりあえず黒うちわに先ほど買ったシールをペッペと貼り付け、うちわを作った。文字シール、なんて偉大なんだろうか。おかげで化粧を直す時間も、双眼鏡のピントを合わせる時間もあった。

開演。ヒイコラ笑った。

終演後、外の広場で同じ公演を観た友人と合流して、ぼちぼち梅田方向へ向かう。入る店を決めていなかったため、RPGのパーティーのように連れ立ってしばらく歩いてしまったが、地下のパスタとビールのお店に入る。

若干時間が迫り気味だったうえ、山口に帰ってからの仕事を考慮して飲酒できなかったのが残念だった。おいしい白葡萄ジュースと「ぺぺたま」を食べる。パスタが太くて焼うどんみたいでおいしかった。

新幹線の時間が来たので、友人三人と別れて、新大阪駅へ向かった。わりと余裕を持って動いたはずだったが、新大阪駅に着いたとき、もう割と時間がなかった。改札外のリブロで春口裕子『行方』の文庫本を買って、ホームへ上がり、帰りののぞみに乗った。帰りは隣の席に誰もいなかったため、気が楽だった。

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新山口駅へついて、バスに乗って仕事場へ向かった。先日の東京に引き続き、弾丸旅行が趣味ですと言って差し支えのない弾丸ぶりだった。

『だから私はメイクする』へのラブレター

趣味でしていた舞台系の習い事を、今でもたまに手伝う。現役で発表会などのステージに立つ子どもたちに、簡単なステージメイクをしてあげる仕事。もちろんお母さんにしてもらうという子もいるけれど、お母さんたちはお母さんたちで、贈り物やお花の受取、ステージ回りの補助で忙しい。メイクのできる人はみんな手伝って、と言わんばかりに駆り出され、長机に所せましと並べられたドーランやチャコットのパウダーを手に、子どもたちの顔を仕上げていく。

きれいな肌にはもったいないくらい、しっかりとベースを作り、スポットライトが当たってものっぺらぼうにならないよう、ポイントメイクも濃く施す。子ども達の好みは、なかなか聞いてあげられない。けれど、アイシャドウと口紅だけは、基本的に「何色がいい?」と聞く。色数の多いパレットを見せて、選ばせる。目をキラキラさせながら「青」「ピンク」と即答する子もいれば、「どれが似合うと思う?」と私に聞いてくる子もいれば、目を背けて「なんでもいい」と言う子もいる。

私も、物心ついて初めて自分の顔にメイクをされたのは、習い事の発表会だった。私がメイクしてあげる子どもたちと同じように、ライトに負けないようしっかりベースを付けられ、アイメイクもリップメイクもしっかりされた。はいできあがり、と言われて鏡を見たとき、私はむちゃくちゃに泣いた。すごくよく覚えているし、面白がった母が写真を撮ったので、間違いなく号泣していた。鏡の中の自分が、いつもの自分とあまりに違っていて、びっくりしてしまったのだと思う。そのときは、そのメイクが自分に似合っているかどうかもわからなかったし、自分の好きなメイクというのもわからなかった。ただただ、いつもの自分の顔と違う!というショックで、ダーダー泣いてアイメイクが落ちた。メイクして自分の顔が変わったことを「かわいくなった」「よくなった」と思う感性もなかった。当時の気持ちはよく覚えているので、今、メイクされた後にちょっと嫌そうな顔をしている子の気持ちもなんとなくわかるし、赤い口紅を塗られて、それをゴシゴシ擦って落とそうとする子の気持ちもよくわかる。

メイクされて泣いた5歳の私から、約20年ほどが経って、今はほぼ毎日メイクをするし、メイクをしていない自分よりしている自分の方が好きだ。メイクをして鏡を見て、ショックを受けて泣くこともない。自分が好きなメイクを、好きなようにできるから。

装った自分が好きだという気持ちに気づくことは、圧倒的な救いだと思う。私は丸腰で世界と向き合わなくてよいのだという気づきは、きっと心を強くしてくれる。それと同時に、私は装いたくないんだ、そして装うことは義務ではないのだと気づくことも、きっとまた救いになる。一番強くいられる、一番息が楽にできる、一番自信を持てる、そういう自分でいればいいだけなのである。装うことも装わないことも、そのためにあるバリエーションだ。だから、私はメイクする。毎朝メイクをして、髪を整えて、世界の中に帰っていく。

子どもたちに私が施すメイクは、舞台上でそれなりの体裁を保つためのものでしかない。喜ぶ子もいれば、嫌がる子がいるのも当たり前だ。子どもたちが一番強く、楽で、自信を持てる装いを、ひとりひとりに合わせて施していないのだから。

ある時、「メイク、好き?」と聞かれた。それを聞いた女の子は、私の「アイラインが乾くまで目を開けないでね」という言いつけ通り、目を軽く閉じたままじっとしている。私はしばらく考えたあと、「好きだよ」と答える。「一番好きな自分の顔になれるから、メイクをしていない顔より、している顔の方が、私は好きだよ」。女の子は、ふーん、と相槌を打って、素直にずっと目を閉じていた。

装えば、自分の好きな自分になれるんだよ。この世にたくさんある服の中から、色の中から、テクスチャの中から、自分が一番いいなと思ったものを、本当は選べるよ。それはすごく楽しく、心が強くなることなんだよ、と、伝えたかった。本当は。けれどそのときの私は、自分の役目を全うするため、彼女の肌を分厚く覆うことしかできなかった。パレットの中から「どの色がいい?」と選ばせてあげることしかできなかった。

本当はそうじゃない。本当は、世界は広く、パレットは一枚ではなく、自分が好きな格好をしていれば、スポットライトなんて跳ね返してしまえる。私がメイクした全員が、幸福に自分と付き合っていけますように。私もふくめ。

 

だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査

だから私はメイクする 悪友たちの美意識調査

 

 

 

あなたにお手紙書きましょう

手紙を書くのが好きなのは、自分が手紙をもらうのが好きだからだ。何にもなさ過ぎて虚無感を覚えた日や、疲れすぎて何も考えられない日、家に帰って、リビングのテーブルに私宛ての手紙がポツンと残されているのを見ると泣きそうになる。ただのDMでも何となくうれしいのだから、人が私のために手書きしてくれた手紙なんてもっとうれしい。しばらく開けられないくらいうれしい。

こういう人が他にもいるかどうかはわからないけれど、私は比較的友達に手紙を書く方だと思う。買ったままのかわいいレターセットやポストカードを使いたいというのもあるけれど、もし友達が悲しい気持ちになった日の夜、やっと家に帰りついた友達が、ポストからこの手紙を取り出してくれたら、少しでも友達の気がまぎれるんじゃないかと思う。あ、こみねから手紙じゃん。後でよも……みたいな感じでいい。それでいい。督促状とかじゃない限り、人から手紙が来てテンションが下がりはしないと思う。人の生活に、私がつくった何かが時間差で影響を与えるかと思うと、ポストに投函した瞬間から笑ってしまう。

そういえば、ファンレターの類を書いたことがない。今この記事を書いていて気付いた。ラジオ番組に手書きでお便りを送ったこともない。好きなグループがあんなに毎週毎週お便りを募集しているというのに、時たま気まぐれに雑なメールを送るくらいしかしてこなかった。アイドルも、ファンレターやお便りはうれしいものだろうか。じゃまっけに扱われたとしても、それでも私が書いたものが好きな人の手に渡るかもしれないと思うと、何となくうれしい気持ちにはなる。

そういえば、小学一年生のころ、家のポストに変な手紙が入っていたことがあった。子供の字だったと思う。「好き」とも「嫌い」ともよくわからない、ラブレターなのか呪いの手紙なのかも判断できない、絶妙に気持ち悪い手紙だったと記憶している。私は友達が遊びでその手紙を我が家のポストに入れたのかと思って、いそいそと開封したのだが、あまりに気持ち悪い手紙だったので、母親に提出した。母親が念のためと担任の先生に連絡し、翌日学校へ行くと「こんな人を気持ち悪がらせるような手紙を出すのはやめましょう」みたいなことを担任の先生がクラスの前で言った。もし同じクラスにその手紙を出した子がいたのなら、そしてその手紙を好意で私に書いたのなら、申し訳なかったなと思う。うーん、私がファンレターを書いたなら、その気持ちの悪い手紙みたいになりそうで怖いところもある。冷静な気持ちでファンレターを書くためのテンプレートがあったならいいかもしれない。プロフィール帳みたいな。わたしは【♡照史くん♡】が一番すき☆特に好きなところは【♡バランス感覚に長けているところ♡】かな☆みたいな。

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