しれっとした顔でつける腕時計

そろそろ何か書かないとと思ってキーボードを打っている。

父から腕時計を贈られたことがある。
父は私に何か贈るとなると、いつも現金だった。祝封筒を渡されて「何か好きなものを買いなさい」と言われる。「こみねの好きなものを選ぶセンスがない」と言い、確かに私と父の気に入るものに共通点はあまりなかったし、今もない。けれど、私の大学の卒業式に出席した父親は、ふいに「明日、腕時計を買ってあげるから、好きなものを選んで」と言ってきたのだった。
卒業式の次の日、私は京都駅中の商業施設にある時計屋で、SKAGENの時計を選んだ。全体がローズゴールドで統一されていて、文字盤部分が鏡のように反射している。時計にこだわりはなかったし、「時間ならスマホで見られる」というタイプだったけれど、そのSKAGENの時計は、アクセサリーのようにかわいらしくて、大人っぽかった。
私はそれを父に買ってもらい、自分の腕に合うようベルトを調節してもらった。目の前で買ってもらっているのだから必要なかったが、父は「贈り物用に包んでください」と言った。ブルーの箱に収まった腕時計は、包装紙に包まれてリボンのシールを貼られ、私のもとへ贈られた。

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今思えば、父は私に、「大学卒業のタイミングで」「腕時計を」贈りたかったのかもしれない。誕生日や卒業・入学記念に現金を贈られることはあったけれど、ものをもらったのは物心ついてからは初めてだった。父なりに何か考えるところがあって、社会人になる娘に腕時計を贈ったのかもしれない。

私はその時計を気に入って、どこにでもつけていった。手を洗うときは外し、毎日決まった場所に置き、がさつな私にしては大事にしていた方だと思う。大学を卒業した春から初夏まで、3か月ほどだったか、丁寧に扱っていた。


その3か月の間に、身の回りのことはどんどん移り変わった。行き当たりばったりに大学を卒業した私は、そもそも腕時計を贈られるような立派な社会人になれていたわけではなく、あっけなく地元へ帰ることになった。京都から引っ越さなくてはならない、と決まった日も、私はその腕時計をつけていたし、目に入って「せっかく贈ってもらったのに」と苦々しい思いになることはあれど、大事にする気持ちは変わらなかった。
引っ越しの作業は、一人で、アルバイトや他の手続きをしつつ半月程度で行わなければならなかった。洗濯機や冷蔵庫はリサイクル業者に運び出してもらう。引っ越し業者の段ボールに日用品を詰め、知人に譲るものを配送する。やることは山積みだった。作業を進める間、私はパイン材の棚の上に腕時計を置いていた。そこが定位置だったからだ。棚にはこまごましたものが並んでいて、荷詰めに時間がかかっていた。他の作業を進める間、その棚だけは終盤までほとんどそのままになっていた。とうとう今日部屋を引き払うという日に、その棚の荷詰めを終わらせたのだった。
がらんとした部屋の中で私はハッとした。腕時計は?作業をするために外して、棚に置いていたはずだった。ここ数日は、重いものを持ったり掃除をしたりすることが増えるので、ずっと外しっぱなしで棚に置いていた。……はずなのに、その棚に時計はない。
私はあわてて荷物をほどき、一度敷地内のゴミ捨て場に出したごみ袋をあらためた。けれど、腕時計は見つからなかった。もしかすると、何かと一緒に捨ててしまったのかもしれない。数日前に捨てたカーペットやカーテンの中に、誤って丸め込んでしまった可能性もゼロではない。そうだったら、もうどうしようもない。何より、もう今日、私は京都から帰らなければならなかった。
ふがいなかった。京都から戻るとき、色々なことがあり色々な感傷があったけれども、とどめを刺したのはこれだった。
私は父に時計を失くしたことを打ち明けて謝るべきか、黙っているべきか迷って、結局言わなかった。父も贈った腕時計を私が付けないことに関しては、何も言ってはこなかった。


先日、父がふいに「あの時計、つけないな」と言ってきた。私は(自分で失くしておいて何を言ってるんだと思いつつも)驚いて、「大事にしてるから、普段はつけないんだ」と大嘘をついた。マジ自分何言っちゃってるんだと思いつつ、今さら失くしたとは言えなかった。
私はもう3年も父の前であの時計をつけていなかったので、てっきり「父はあの時計は失くされたものだろうと認識して何も言ってこないんだろうな……私の不注意な性格を知っているからな……」などと思っていたのだけれども、どっこい父は「あの時計、つけないな」と思っていたのだった。「気に入らなかったか」などと続けて言っていた表情からしても、嫌味で言っているのではなさそうだった。
働き始めたばかりのころは、高価な腕時計を買いなおす金銭的余裕がなかった。……というより、優先順位が低かった。たまにネットで在庫があるかどうか検索しては「いつか買い戻さなきゃ……」と思って閉じる、という行動を繰り返していたので、忘れていたわけではなかったが、腕時計買いなおすより、コンサートに行っていた。親不孝すぎる。今書いていてもお前最悪じゃんという感じなのだけれども、欲望に素直に行動した結果だった。
私は父の発言を受けて、改めて同じ時計を探した。どこもかしこも在庫がない。3年前に売っていた定番ではない腕時計なんて、在庫がないのは当たり前なのだけれど、それにしてもなかった。しつこく探し続けて、とあるネットショップに在庫があった。
ぐずぐずしているとまた売り切れるかもしれない。でも、でも高い……これを買うお金でサマパラに複数回入れる(チケットがあるかどうかは別として)……。私は悶絶しつつも、「購入」ボタンをタップした。ボーナスの一部を使って、私は無事3年越しに腕時計を買い戻すことに成功した。もしかしたら家に届く際、「時計」と書かれた荷物を父が見ていたかもしれないので「お父さんに勘づかれたっぽいので買い戻しましたよ」と言わんばかりにつけはじめるのは自重した。引き出しの中にしまっている。


失くしてすぐには買い戻せなかった時計を、自分で稼いだお金で買い戻せたことは、嬉しかった(いや、これも自分で失くしといて何が嬉しいんですかという感じかもしれませんが……)。地元へ帰って数年が経って、ごっそり失った自信が、少しずつ取り戻せている気がする。働いて、人と会って、経験を積み重ねて、以前はなかった余裕も少しならある。私は順風満帆にはいかなかったし、手に持っていたものを全部ぶちまけて転んだけれど、また拾い集つつ頑張っていることは嘘じゃない。謙遜するべきなのかもしれないけれど、それに関しては自分をほめたい。父が買ってくれた腕時計ではないけれど、あの時父が私にくれた思いに変わりはない。また手元に戻ってきて、本当によかった。
残りの夏はこの腕時計をつけようと思う。父に何か言われたら、うまくごまかす準備もしておきたい。私はこのまま、父に「もらった腕時計を失くした」とは言わないでおこうと思う。なんとなく。父は傷つくだろうし。嘘は悪いことだけれど、今回ついた嘘は、あんまり悪い類の嘘ではないように思う。
私は嘘が苦手で、なかなか一度ついた嘘をつき続けられない。でも、この嘘をつきつづけられれば、何か自分が変わるような気がする……大げさか?
20代も後半、自立せねばと思っていて、転職もめざしているけれど、家を出ると言ったら父は泣くかもしれない。心配性で、私をまだ高校生くらいに思っている父。巡り巡って親孝行できれば、まぁオールオッケーなんじゃないか。お父さん、至らない娘で申し訳ない。悪くない嘘はついて、父の腕時計をつけて、次の居場所を探したい。父が泣いても。