手負いの6月

ふいに歯が染みるようになって、歯医者に行った。住んで間もない土地でよさそうな歯医者を探すのは予想以上に骨の折れる作業で、口コミと立地と開院時間のバランスを見ながら、1時間かけてやっとちょうどいい歯医者を見つけた。
染みていた箇所は虫歯でもなんでもなかったのだけれど、数年前に神経を取って銀歯をかぶせた奥歯が、ひどく膿んでいるので治療しましょうと言われた。銀歯をはずし、感覚のなくなった奥歯の中を糸みたいに小さなブラシでゴリゴリと磨き、炎症を抑える薬で膿をおさえ、台座と新しい銀歯の型を取った。次の通院でやっと銀歯が入る。長かった。

左の上の奥歯がない状態で1か月くらい過ごした。舌でたどったとき、爆弾がはじけたような穴がぽっかり空いているのがわかる。食べ物が詰まるのが気持ち悪くて、右側ばかりで噛んでいたら、顔のゆがみが助長された気がする。

夏用のジャケットを1枚買った。仕事でジャケットを着なければならないから買っただけで、別に夏用であれば何でもよかった。別に何でもよかったにしては、「いいジャケット」を買ってしまった気がする。あらゆる店舗が休業になっていた5月、拍子抜けするくらい普通に営業していた梅田のスーツ店で買った。背が高く、眉を全部剃って別の眉を美しく書いている女性から買った。こういうどうでもいいことはよく覚えていられる性質なので、多分このジャケットを着古して捨てるときも、このジャケット眉毛全部剃った人から買ったよなぁと、彼女のことを思い出すと思う。

仕事関係の書類が増えて、部屋の一角が紙のピラミッドになっている。捨てたくて仕方がないが、どうしてもシュレッダーをかけずに捨てるのは忍びない。家庭用の安価なシュレッダーが欲しい。手回し式でいい。全部細切れにして、毎日ゴミを捨てるレジ袋の中に少しずつ混ぜて捨てていきたい。シュレッダーはさみ(はさみの刃が3枚重なっていて、持ち手が一つにまとまっているだけの、びっくりするくらい単純な便利道具)は持っているけれど、あの量の書類を全部はさみで切り刻むと思うと気が遠くなる。気が遠くなるというより、まぁ単純に、手が痛くなる。

6月前半仕事が忙しく休みが取れなかったので、後半は半分くらい休みだった。二連休だ~とか思いつつ、シンクを磨いたり床に落ちた髪の毛をコロコロで取ったり洗濯をしたりしていたら終わってしまう。前はもう少し時間の使い方がうまかった気がする。まぁ、実家にいたころは、シンクは磨かなかったし、洗濯は5回に1回くらいしか担当しなくてよかった。一人で暮らすのは結構楽しい。寝る前、間接照明の中でぼーっとしながらベッドのつめたさを感じているときなんて、特にそう思う。寂しさも甘いものだと思う。寂しいなんて思えるうちは、甘えている真っただ中だと思う。私が寂しいのは、私が誰かと繋がったまま、一人でいる証拠だと思う。一人で暮らす部屋を維持できるくらいには、仕事もなんとかやりたい。

爪を磨いて短くしたいのだけれど、毎日忘れて寝てしまう。今日も忘れて寝るだろう。おやすみなさい。